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石狩通信

 

私たちは北海道札幌市の郊外に住んでいます。初夏にはカッコウの声も聞こえ、遠くに暑寒別の山並みを望み、四季の移り変わりを身近に実感できる所です。この「石狩通信」は、不定期に様々なトピックで友人宛てにメールしている全く個人的なものですが、ここで公開することにしました。国際情勢に興味のある方や、札幌周辺にお住まいでアウトドアーの好きな方には面白いかもしれないので、おひまなときにでも読んでみて下さい。

 

 

 

1ページ #1〜#10018月〜11月)[クリックするとスクロールします]

#1 2001822日 神居尻山登山とオタモイ海水浴

#2 97日 石狩灯台のハマナス

#3 914日 Stop the cycle of violence!

#4 922日 報復攻撃

#5 102日 大雪高原沼に行ってきました

#6 109日 徳舜別山に登りました

#7 1031日 小樽散歩

#8 1111日 真の国際貢献 模索せよ(内閣ホームページへの投稿)

#9 1017日 小旅行の話(ニドムリゾートとウトナイ湖)

10 1128日 小樽散歩その2 オタモイ地蔵尊

 

2ページへ #11

 

 

#1 2001822

神居尻山登山とオタモイ海水浴

 

(このメールはBCCで友人の皆様方に同時送信させて頂いております)

 皆様お元気でお過ごしでしょうか。当地北海道は冷夏で、ついに気温は一度も30度を超えることがありませんでした。この台風で、夏も終わりです。しかし、暑さに弱い私にとっては最高の気候でした。オホーツク高気圧ががんばったお陰で、天気は良いのに涼しくて湿度は少なく、まるで北欧みたいなさわやかな夏でした。

 
 さて、この夏は道東にキャンプ旅行に行ったり北の離島を訪れたりと、いろいろ計画を練っていたのですが、残念ながら全く実現しませんでした。その最大の理由が、妻の自動車学校です。妻は5月上旬に自動車運転教習を始め、遅くても7月中には免許が取れる予定でした。ところが、今日妻は84時間目の自動車運転教習を受けましたが、未だに本免許が取れない状況です。これは、妻の運転技術が劣っているからではありません。妻は私よりも運動神経がいいし、慣れればきっと私よりも運転がうまくなると思います。これは、妻が、いわゆる『技能試験免除』の自動車学校に行っていないため、警察で直接運転免許試験を受けているせいなのです。この自動車学校は、免許が取れるまで3ヶ月間は何回でも教習を受けることが出来るというシステムで、毎日通えば80時間近く教習を受けられるため、いくら警察で試験を受けるとしても大丈夫だろうと思って、ここに決めました。通常の『技能試験免除』の自動車学校は、教習時間39時間で免許が取れるのです。ところが、これが大失敗でした。警察官による運転試験は、通常の運転では誰も使わないような変わった運転の仕方を厳密に守り(例えば、道路の側線から40センチの距離を保って運転するなど)、かつ数回試験を受けなければ合格しないシステムになっているのです。1回の試験料が約6000円。試験時間は実質15分くらいです。妻が仮免許の試験に受かったのは5回目でした。これが平均的な値だということです。明日は3回目の本免試験ですが、多分まだ受からないでしょう。これも普通は5回目くらいで合格するようです。それにしても、『技能試験免除』の自動車学校とこれほどの格差があるというのは、ひどい話です。このような実態を全く知らなかったため、金銭的にも時間的にも大変な不利益をこうむりました。

 そんなわけで旅行には行けなかったのですが、週末近場にキャンプに行ったりしました。その中でお勧めできるのは、道民の森神居尻地区キャンプ場です。場所は当別町から道道28号線を北へ40キロほど行った(札幌から約1時間半)大変な山の中にあり、辺りは公園、遊歩道、自然学習センターなどが整備されており、子供連れで自然の中で遊ぶのに最適な環境が整っています。週末でキャンプ場が満員だったため、近くの青山の森公園に勝手にテントを張りました。辺りは深い森の中で、夜になると人っ子一人おらず、ふくろうや訳のわからない獣の声が聞こえてきたりしてスリル万点でした。こうやって誰も居ない深い森の中で一夜を過ごすと、自然の精気といったものを感じます。私にとってはこれがキャンプの醍醐味な訳で、キャンプ場が満員だったのはラッキーでした。翌日は神居尻山登山です。標高947メートルの山で、のぼり2時間、下り1時間半と、子供でも手軽に登れます。しかも頂上付近は高山植物が多く、この時期でもけっこう花が咲いていました。上部の尾根からの展望も絶景で、日帰りハイキングにお勧めできます。Bコース登山口の駐車場付近は美しい草原に小川まで流れ、キャンプ適地です。公園内のため本当は決まった場所でしかキャンプできませんが、ここまでは見回りも来ないみたいだし、次回はぜひここにテントを張りたいと思っています。


 お盆休み最後の日曜日はすばらしい晴天で、小樽市内オタモイと水族館の間にある海岸まで海水浴に行きました。丘の上の駐車場から海岸まで、急な山道を20分歩きます(帰りは30分の登り)。そのためか、お盆最後の日曜日というのに、人影もまばら。そこからさらに歩きにくい海岸線を20分歩くと、もう人っ子一人居なくて、完全なプライベートビーチ状態です。海の水は大変澄んでいて、上から魚が泳いでいるのが見えます。水が冷たくて短時間しか泳ぎませんでしたが、岩影に寝そべって、のんびり平和なときを過ごしました。ちなみに、この辺の海岸の丘の上は見晴らしの良い遊歩道になっていて、あまり知られていないためか週末でもほとんど人がおらず、ちょっとしたハイキングやお散歩に最適です。

 我々はこんな風に地味な夏を過ごしておりますが、皆様は如何でしょうか。ぜひお便りをお寄せください。

P.S.
パリのAさん、夏休みは長距離ドライブに行きましたか? パリ便りを待ってます。
ニューヨークのR子、Biosphereでの研究は進んでますか?ナイアガラへは行きましたか?
サンフランシスコのYさん、ガラパゴスはどうだったんでしょう。お便りお待ちしてます。
鹿追のMさん、メール有難うございました。こんなわけで夏休みにお会いできず残念でした。秋になったらまたいっしょに山奥の露天風呂でも行きましょう。
ニューデリーのSさん、まだホテル暮らしなのですか?もう雨季は終わりましたか?
甲府のM君、夏休みは山にでも行きましたか?相変わらず忙しいですか?
遠野村のTさん、T子さん、牧場の方は如何ですか。馬は元気ですか?

P.S. その2

お陰さまで妻は、85時間の路上教習の後ついに8月30日運転免許を取得しました。

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#2 97

石狩灯台のハマナス

 

9月に入って石狩平野もすっかり秋らしくなってきました。天気がいいと日中は汗ばむほどの陽気となりますが、朝晩の寒さはもう暖房が恋しくなるほどです。おととい、お月見に夕暮れ時標高531メートルの藻岩山に上りましたが、寒風が吹きすさびハンパじゃない寒さだったので、早々に引き上げました。

 ところで、石狩川河口の石狩灯台付近のハマナスの実が色づいて、今見頃となっています。銭函からは石狩フリーウェイ(国道337号線)を突っ走って30分ほどで行けるので、数日前見に行ってきました。灯台の周りはハマナスの原生花園となっていて、遊歩道も整備されそぞろ歩きが出来るようになっています。真っ赤に色づきつつあるハマナスの実と、辺り一面の緑、真っ青な空と、紺碧の日本海、そして石狩川の川面から海に向かって吹く涼風。遊歩道を歩いた後、砂浜に出てみました。どういう訳か、海面に波が全くなく、日本海は巨大な湖のようでした。風が海に向かって一定の強さで吹いているので、波が消されてしまうのでしょう。こんなのを見るのは初めてで、なんだか不思議な気分でした。やがて、まっ平らな日本海に、真っ赤な夕陽が沈んでゆきます。

 さて、内地や海外ではあまり報道されていないでしょうが、今年の北海道は熊の当たり年です。この1週間ほどの間にも、函館本線で列車に熊が衝突し、道央自動車道でも、熊が車3台に続けざまにはねられて死亡、自動車道が2時間に渡って不通になるという事故がありました。つい昨日も、札幌市西区の住宅地の雑木林に熊が出て、ハンターが出動するという騒ぎがありました。隣接する小樽の春香山でも、しょっちゅう熊が出ています。自然がたくさん残っているということなのか、それとも自然破壊が進んで熊が人里に出てこなければならない事情があるのか。人間が熊の縄張りに侵入しても、熊は通常人間を襲ったりはしません。ところが、彼らが人間の縄張りに入ってくると、容赦なく殺されてしまいます。人間は本当に自分勝手です。

では、今回の独り言ははこの辺で。季節の変わり目、風邪などひかぬよう気をつけてください。

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#3 914

Stop the cycle of violence!

 

悲しい事件が起こりました。一瞬にして失われた数千名の命・・・。この悲劇の大きさに、ただ唖然として言葉もありません。

『民主主義への攻撃』だと主張するブッシュ大統領は、アフガニスタンを本拠とするゲリラ組織への報復攻撃準備を着々と進めているようです。大規模な空爆は必至で、ひょっとしたら地上軍まで導入される可能性もあります。アフガニスタンを実効支配するタリバン政権への全面攻撃に至る可能性も排除できません。そうなればまた罪もない多くの人々の血が流されることになります。

 私は数年前中東諸国を数ヶ月に渡って旅しました。エジプト、ヨルダン、イスラエル、シリア、レバノン、トルコを訪れ、イスラエル占領下のヨルダン川西岸や、イスラエルの空爆をしょっちゅう受けているレバノン南部にも行きました。イスラエル北部の町アコーから、レバノン南部の町スールまで、距離にして50キロもありません。国境が開いていれば、車で1時間もかからない距離です。しかし実際には、アコーからスールに行くのに、私はイスラエルからヨルダン、シリア、そしてレバノンへと、3回も国境を越えて大回りしなければなりませんでした。私は第3国人としてこれらの国を比較的容易に訪れることが出来ましたが、イスラエル人はもちろんレバノンに行くことなど出来ませんし、レバノン人はイスラエルを訪れることなど出来ません。イスラエルと国交を持つエジプトやヨルダンとの関係もすっかり冷え込んだままです。互いに憎しみあい、ほとんど戦争状態にあるイスラエルとレバノンですが、どちらの国でも、普通の人たちが、普通の暮らしをしています。どちらの国の人々も、自分の家族を愛し、同朋を愛し、国を愛していることに変わりありません。

 私は、イスラエルにおけるパレスチナ人の置かれた立場に同情を禁じ得ませんでした。イスラエルが民主主義国家というのは、ユダヤ人の間だけの話で、パレスチナ人が様々な差別を受けている実態はかつての南アフリカと変わりません。特に占領地に住むパレスチナ人は、イスラエルの市民権も与えられず、経済的にも日常生活の上でも大変な苦境に陥っています。イスラエルは、アメリカの援助による圧倒的な軍事力で、パレスチナ人の抵抗をことごとく弾圧します。今回の悲劇で世界の注意がアメリカに向いている間にも、その弾圧は続いています。自殺爆弾テロという狂気がこれだけ起こっているのを見ても、いかにパレスチナ人の絶望が深いかを知ることが出来るでしょう。クリントン政権はこういった状況の打開に一定の努力を払ってきましたが、ブッシュ政権は完全にイスラエルの弾圧に目をつぶり、超大国としての責任を完全に放棄しています。アメリカが一方で人権侵害を非難しつつ、他方では目をつぶってそれに荷担するという『二重基準』的外交政策を取りつづける限り、テロの狂気はなくなるとは思えません。オサマ・ビン・ラディンを捕らえても、彼の持つ狂気は死に絶えることはないでしょう。ブッシュ大統領はアメリカの『民主主義』がこのテロで絶えることはないと言いましたが、残念ながら、テロの狂気もまたビン・ラディンを捕らえることでなくなりはしないのです。

 今回の悲劇で、あまりにも多くの人々が犠牲になりました。ブッシュ政権がこのまま力による政策を推し進め、大規模な軍事行動を起こすなら、この『暴力の連鎖』を断ち切ることは出来ません。果たして今後米国内で良識的な世論が盛り上がり、この連鎖を断ち切るための本質的な政策転換が為されることがあるのか・・・。ブッシュ政権下では期待薄ですが、将来的には、この悲劇がきっかけとなって、いつかは良識が勝利するでしょう。

 21世紀の始めに、我々は歴史的な悲劇を目撃することになりました。この悲劇が将来、平和のための苦しい道のりの第一歩として、歴史に記録されることを祈ってやみません。

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#4 922

報復攻撃

 

 アメリカ政府が報復攻撃の準備を着々とすすめる中、アメリカ国内では長期戦も辞さないとの空気が支配的になってきているようです。下院議会では大統領に報復攻撃を認める法案が何と反対票たった1票で可決されました。しかも、その勇気ある反対の1票を投じた議員には抗議が殺到していて、警護をつけたとのこと。これには驚きました。これでは戦争がエスカレートしても議会はそれにブレーキをかけることも出来ません。アメリカがアフガニスタンのタリバン政権を攻撃する公算がますます強まっています。

 アフガニスタンのタリバン政権は、アメリカへの『聖戦』を叫んでいます。タリバンは狂信的なイスラム原理主義で、女性の労働を一切禁止し、公開処刑をするなどその人権侵害がこれまでにも大きな批判を浴びてきました。彼らがバーミヤンの巨大石仏遺跡を『偶像崇拝だ』として爆弾で破壊したのは、記憶に新しい所です。(私も一度行きたかったのに・・・。)つい2週間ほど前、アフガニスタン国内でタリバンと戦う北部同盟のマスード国防相が暗殺されたのも、ほぼタリバンのしわざに間違いありません。マスード国防相は穏健派イスラム教徒で、心有る人たちからは、内戦終結後に国を指導できる人物として慕われてきました。この暗殺も今回のテロと無縁ではないでしょう。

 このように、タリバン政権がアメリカの攻撃を受けたとしても、同情の余地は余りありません。しかし、戦争が現実のものとなるなら、その被害を最も受けるのは、いつもながら一般市民です。アメリカの世論調査によると、相手国の市民が何千人というレベルで犠牲になっても、報復攻撃に踏み切るべきだという人が60%以上いたそうです。恐ろしいことです。自分の痛みと他人の痛みを同じ物として感じることが出来なくなっているのです。一般のアメリカ人は、地球の反対側の貧しい小国の人々が何千人死のうと、自分たちの命に比べればたいしたこととは思っていないのではないでしょうか。アフガニスタン人も肉親が死ねば自分と同じくらい苦しむのだということを忘れているようです。もっともこういった姿勢は、アメリカ人に限らず我々自身も良く考えてみなければならないことだと思いますが。

 『政治家』という言葉を英語にすると、’politician’という単語と’statesman’という単語があります。私は、statesmanとは、自分の味方や国のための利益という概念を捨てて、真に地球規模で人類全体の福利に貢献する政治家を指すと思っています。だから、statesmanといえる人は滅多にいません。では、私の考えで、statesmanには実際どういう人がいるかというと、まず真っ先に挙げたいのがネルソン・マンデラ氏です。マンデラ氏は、南アフリカのアパルトヘイト政権下で何十年に渡って刑務所に監禁されていました。しかし、マンデラ氏は、刑務所を出た後そんな個人的な恨みはきっぱりと捨て、当時の白人政権のデクラーク首相と握手を交わし、黒人たちには白人への報復をしないように訴え、白人たちにはともに新しい民主国家を作っていこうと訴えました。このような彼の徹底した穏健平和共存路線が黒人のみならず白人からも大きな支持を受け、白人の保守派までをも、『マンデラ氏なら南アフリカの首相を務めることが出来る』と言わしめたのです。南アフリカが平和裏に政権移譲を成し遂げたのも、マンデラ氏という存在のお陰でした。マンデラ氏の信念は、自分の味方(黒人)のみならず、当時の『敵』白人の心までつかんだのです。私は約10年前、南アフリカの白人政権がアパルトヘイト政策を見直し始めた直後に同国を訪れました。ヨハネスブルグからケープタウン行きの飛行機に乗ったら、百数十人の乗客中黒人が3人しか居なかったのを覚えています。また、ヒッチした時白人カップルの家に泊めて貰い、彼らといろいろ話す機会がありましたが、彼らも自分の国の行く末を案じながらも、国際情勢から現実的に考えて南アフリカがアパルトヘイト政策を続けることはもう不可能だと認めていました。国際社会による長年の経済制裁と、マンデラ氏という存在が、この国の白人支配層の世論を政権移譲へと導いたのです。

 このように、国際紛争を平和裏に解決するためには、マンデラ氏のような、良い意味でカリスマ性の強いリーダーが敵対する側の人々の世論まで味方につけることが重要です。南アフリカとパレスチナを単純に比較することは出来ませんが、こういう観点から見てみると、パレスチナ人の置かれた立場は大変不幸です。パレスチナ問題がいつまでたっても解決されない主な原因は、もちろんアメリカの支援を受けたイスラエルの弾圧が続いていることですが、第2の原因は、パレスチナ人がマンデラ氏のようなstatesman的リーダーを持っていないことです。パレスチナ自治政府内においてアラファト氏は独裁的な権力を握っており、自分への批判は一切許さないという態度です。また彼は、その特権を利用して貿易などで多額の利益をあげているといわれています。パレスチナ人による自爆テロも黙認する態度で、テロを交渉の取引材料にしているため、逆にイスラエル人の反発を買っています。前回のメールで書き忘れましたが、数年前私がエルサレムに滞在していたとき、宿のあった旧市街から程近いところにある中央郵便局で大きな自爆テロがありました。たまたまバスターミナルに向かう途中、この現場をテロの数時間後に通ることになりました。群集は殺気立っており、町を行き交う人の表情もこわばって、笑っている人は一人もいませんでした。その朝町全体を覆っていた異様な雰囲気は、今も忘れることが出来ません。自爆テロの繰り返しにより、イスラエルによる弾圧はさらに強まり、一般市民が巻き添えになるという悪循環が続きます。アラファト氏は、パレスチナ市民がこれだけ苦しんでいるのにも無関心なようです。一般の報道では、こうしたアラファト氏の『失政』を指摘する声はほとんど出てきませんが、パレスチナ人の多くもアラファト氏は彼らのリーダーとして不適任だと内心思いつつも、おおっぴらには言えない状況です。国際社会においてアラファト氏は既に信用を失っていますが、彼に代わるパレスチナ人リーダーが不在のため、国際社会はアラファト氏をリーダーとして扱う以外に選択肢がないのです。

 ヨルダンの故フセイン国王は、statesman的政治家であったとも言える人です。彼はパレスチナ人ではありませんが、パレスチナ人が住民の多くを占めるヨルダンを平和裏に統治し、イスラエルと国交を開きました。彼の一貫した、穏健派イスラム教徒としての行動は、イスラエル人の間でも大きな信頼を得ていました。私が話をしたイスラエル人は、『僕たちはフセイン国王が好きだ。彼がイスラエルの首相選挙に立候補したら、きっと勝つよ。』と冗談を飛ばしていたほどです。国際社会からも信頼され、何度となくパレスチナとイスラエルの交渉の仲介役を果たしました。パレスチナ問題を平和的に解決するためには、イスラエル人の世論に訴え、ユダヤ人穏健派の支持を得ることが不可欠です。保守派ネテニヤフ政権の強攻策が失敗して、労働党のバラク政権に変わったときは、イスラエル内でも平和への世論が高まり、パレスチナ問題解決のまたとない好機でした。アメリカのクリントン大統領も、歴史に名を残したいという思惑もあったでしょうが、かなり真剣に仲介の努力をしました。だがこのような好機にも、アラファト氏のかたくなな態度は変わらず、ついにバラク氏は政権を投げ出してしまいました。バラク氏は首相を辞任した後の個人的なインタビューで、『パレスチナ自治政府指導層の、自国の民衆の苦しみに対する無関心には、胸が痛くなる。』と語っています。おそらくこれは彼の本音でしょう。パレスチナ人の絶望の深さは計り知れないものですが、だからといって自爆テロが頻発するようではますますイスラエルに弾圧の口実を与え、国際世論の同情も得られないのです。アラファト氏のテロ黙認政策は完全に行き詰まっています。パレスチナに、マンデラ氏や故フセイン国王のような真のstatesman的指導者が現れることを祈ってやみません。 

 アラブ人は古い伝統と文化を持った、誇り高い民です。この誇り高い人々にとって、たった数百年の歴史しかない超大国が、あたかも世界を支配しているかのように勝手気ままに行動していることは、許し難いことなのかもしれません。このようなアラブの心情を理解し、二重基準的外交政策を改め、弱者に配慮した人道主義的な外交政策を構築しない限り、テロを生む憎しみは消えることがありません。

 残念ながら、ブッシュ大統領がstatesman的徳を兼ね備えた人とはちょっと考えられません。このような危機においてこそ、リーダーとして冷静沈着に行動し、国民の報復ムードを抑制すべきなのに、逆にそれをあおっているとしか思えません。他国に対して、『アメリカの味方か、テロリストの味方か、二つに一つだ。』と選択を迫る態度も、常軌を逸しています。超大国のリーダーとしての素質を持っている人とはとても考えられません。このようなアメリカの態度に盲従する他国のリーダーも同様です。

 人間はおろかな動物です。別の国や民族に生まれたり、立場が違うというだけで、全く普通の人々が、互いに傷つけあい、殺しあいます。互いに相手が間違っていると思い込んで、報復は果てしなく続きます。キリスト教でいう人間の原罪とは、こういうことではないのでしょうか? このような人間の性をよく考えるならば、報復を止め、暴力の連鎖を断ち切ることが、最大の勇気であるはずです。

 アメリカの一般大衆が、このような事実を悟って、反戦の世論が盛り上がることがあるでしょうか。少なくとも今は望み薄です。さらに多くの人々の血が流されるかもしれません。しかし長い目で見れば、きっと平和の世論が盛り上がる日が来るだろうと思います。何年かかるか、何十年かかるかはわかりませんが・・・。

 先日、’The Siege’(日本名マーシャル・ロー)というアメリカ映画を、ビデオ屋から借りてきて観ました。ストーリーがあまりにも今回のテロと酷似しているので、怖くなりました。これが今後のアメリカを暗示するものでないことを祈るばかりです。

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#5 102

大雪高原沼に行ってきました

 

すっかり寒くなってきましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

 週末に大雪高原沼に行ってきました。ご存知のようにここの紅葉の美しさは全国的に有名なので、一度行きたいと思っていたのですが、やっと実現しました。札幌からは大雪の裏側にあたる為、片道約240キロ、5時間のドライヴで、函館に行くのとほぼ同じ距離なのでかなり遠いのです。週末のマイカー規制で、林道分岐点からシャトルバスに乗ります。(片道300円、30分おきに運行) 相変わらず寝坊してしまい、12時半のシャトルバスにやっと間に合ったのですが、入山規制のため午後1時以降は入山できないため、ぎりぎりで間に合ってラッキーでした。熊が多いところなので、登山道の要所要所には監視員が待機していて、勝手な行動はさせてもらえません。所要3時間の遊歩道を1周するつもりだったのですが、午後3時までに下山しなければならないとかで、約1時間歩いたところにある緑沼から先には行かせてもらえませんでした。11時までに入山すれば1周出来たそうで、ちょっと残念。でもお天気もまあまあで、すばらしい紅葉を堪能することが出来ました。湖に反射する針葉樹の緑と紅葉した木々のコントラストが美しく、思わず時の立つのを忘れてしまい、監視員にせかされて最後に下山しました。登るときは団体登山のおじさんおばさん何百人とすれ違ってうんざりしましたが、遅れて行ったお陰で沼の方に着いた頃には人もほとんどおらず、静かに幽玄の美を堪能することが出来ました。写真を一枚添付させていただきます。

 帰りは三国峠を越えて十勝地方に出て、糠平温泉で1泊。糠平館観光ホテルという所に泊まりましたが、渓流沿いの露天風呂がなかなか良かったです。飛び込みで行ったのに2食つき17000円とリーズナブルでした。翌日は然別湖でボートをこいで、駒止湖周辺の遊歩道でナキウサギを観察する幸運に恵まれました。ここは気軽にナキウサギを観察できる場所として有名で、私は以前も2度ほど行ったことがありましたが、ナキウサギを見ることは出来ず、こんな道路の近くに本当にいるのか疑問でした。ところが今回我々が行ってみると、まるで待ち受けていたかのように一匹のナキウサギが遊歩道のすぐ近くの巣穴からポンと飛び出し、えさを集めたりモグモグと食べたり、その愛くるしいしぐさを間近で観察し、一部始終をビデオに収めることが出来ました。私はかつてトムラウシ山で一度ナキウサギを見たことがありますが、こんな長時間至近距離から観察したのは初めてです。ナキウサギはとても臆病な動物で、ちょっとした気配にもすぐに巣穴の中に逃げ込んでしまうため、こうやって至近距離から観察するのは難しいのです。ところがここのナキウサギは、四六時中カメラを構えた人々が近くで待機しているので、人間の姿に慣れていて、近くで観察することができるとのことです。こんな場所は日本でもここだけだとのこと。このときも10名ほどのカメラマンやらビデオウーマンやらがカチカチとシャッターを切ったりビデオをまわしていましたが、かのナキウサギ、悠然として人々の目の前でモグモグと木の葉を口の中で反芻しておりました。今度ぜひビデオを見に来て下さい。

では、日に日に秋の深まる石狩平野より、今回はこの辺で。

(写真は緑沼より雪をまとった高根が原の稜線を望む。930日)

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#6 109

徳舜別山に登りました

 

石狩平野も紅葉が進んできました。毎年この時期になると想い出すのが、鳥海山の荷揚げです。秋色の庄内平野を車で突っ走り、鳥海ブルーラインを登って紅葉真っ盛りの大平小屋へ。春合宿の食料を小屋にデポした後は、酒を酌み交わし、翌日は頂上へ登山。寝坊に二日酔い、体力不足が加わってバテてしまい、途中で日が暮れて、星空を眺めつつ懐中電灯の光を頼りに小屋まで下山したのもいい思い出です。今でも荷揚げが行なわれているのでしょうか?

 さて、体育の日の3連休、北海道はお天気に恵まれたので、紅葉狩りに行ってきました。温泉旅館は高いので、土曜日は大滝村優徳部落にある水谷ロッジに泊まりました。ここは25年程前にある北大教授(故人)が寄付を募って建てた小屋で、一般開放されており、誰でも1100円以上の寄付で泊まることが出来ます。本当に山小屋みたいなシンプルな所ですが、一応電気(太陽光発電)や水道があるし、マットレスや毛布などの寝具も自由に使えるので、寝袋さえ持参すれば快適に過ごすことが出来ます。おまけに近くの村営共同浴場(温泉)を無料で使うことが出来るのです。ちょっと温泉につかって贅沢したければ、巨大風呂で有名な北湯沢温泉名水亭まで車で5分です(こちらは入浴料900円)。このロッジ、冬にも利用でき、近くの村営クロカンコースでスキーを楽しむことも出来ます。

 翌日は早朝7時に起きて、部落のセイコーマート(セイコーマートは北海道では一番安いコンビニなので、来道の際はぜひ利用してください)でおにぎりなど買い出してから、地元では紅葉の名所として有名な三階滝へ。付近は整備された公園になっていて、美しい渓流と真っ盛りの紅葉を楽しむことが出来ました。その後いよいよ徳舜別山登山です。運悪く林道が工事中で車両通行止めになっており、登山口まで50分余計な林道歩きをしなければなりませんでした。好天の日曜日のためか登山者がけっこう多くてびっくり。もっとマイナーな山だと思ったのですが。標高は1300メートルしかないのですが、9合目から上はちゃんとハイマツ帯になっていて眺望が良く、気軽に高山的雰囲気の楽しめる山です。林道歩きも含めて登り2時間半、下り2時間強でした。北湯沢温泉からすぐ近くなので、温泉前後の家族ハイキングなどにはうってつけの山です。

 夕方に下山してすぐに北湯沢温泉の第2名水亭のお風呂に入りました。お風呂は広いのですが露天風呂は狭くてちょっとがっかり。屋外プールもあるので子供連れにはいいのでしょうが・・・。露天風呂が広いのは本館の方なのでしょうか?知ってる方がいましたら教えてください。 

 帰りは中山峠周辺で猛烈な渋滞にひっかかり、行きよりも1時間半余計にかかりました。札幌から北湯沢温泉へは支笏湖経由でも距離は同じくらいなので、週末の帰りは支笏湖を通って帰った方が渋滞が少ないかもしれません。

 それにしても、日頃の運動不足は隠しようもなく、未だに筋肉痛に苦しんでいます。では、季節柄、風邪などひかぬよう、お元気でお過ごしください。

 

(写真は三階滝の紅葉)

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#7 1031

小樽散歩

 小樽というのは不思議な町だ。町のあちらこちらに、まるでタイムスリップしたような、忘れられた昔の空間が残っている。10日程前訪れた、この「中野植物園」もその一つだ。植物園という名前は付いてはいるが、これは個人の庭園である。ガイドブック等に全く載ってないので訪れる人もほとんどおらず、我々が訪れた時も土曜の午後だったのに他に誰もいなかった。まず入場料一人200円を持ち主の民家で支払う。庭園内は苔むしていて、木々に覆われ、所々に古い石碑やら狛犬やら盆栽やらが置いてあって奇妙な雰囲気だ。少し歩いて行くと、シーソーとかブランコとか滑り台とか、子供の遊具がたくさんある。どれも鉄製で、年代物のようだ。もみじの並木道もあって、ちょうど紅葉が見頃だった。ゆるい上り坂を上まで登りきると、木々の間から小樽の町と港がよく見える。ここの木々も紅葉がすばらしかった。しばし眺めを楽しんだ後、小さな道路を隔てた丘に登る。この丘もこの庭園の一部なのだ。雑木林の中を登っていくと、栗の実がたくさん落ちていて、野鳥のさえずりも聞こえ気持ちがいい。頂上には観音様の像があり、ここからも小樽の町と港が見える。自分の家の庭に山があるなんて贅沢な話だが、これだけ広いと手入れが大変だろう。春には桜がきれいだとのことで、来年になったらまた訪れて見たい。

P.S.中野植物園は、長橋十字街から祝津方面に抜ける道の途中にあります。

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#8 1111

真の国際貢献 模索せよ (内閣ホームページへの投稿)

 自衛隊の艦船がインド洋に派遣された。目的は「情報収集」だというが、米軍の後方支援が目的であることは明確だ。米軍のアフガン・タリバン政権攻撃により、既に数百名以上の民間人犠牲者が出ており、冬期間も攻撃が続くならば、この戦争による直接・間接の犠牲者は数千人以上に及ぶだろう。米国の態度は、自国民の安全を守るためなら数千人のアフガン市民の犠牲もやむを得ないというもので、大国のおごり以外の何物でもない。テロと戦う方法は武力だけではない筈だ。テロの根本原因を深く追求せずに、武力による解決を急ぐ米国の姿勢は全く支持できない。平和憲法を掲げる日本は、本来ならこのような米国の姿勢を諌めるべき立場なのに、小泉政権は自衛隊をとにかく海外に派遣させるという実績を作ること以外考えていない。後方支援とはいっても、アフガン市民に犠牲を強いるこの戦争に日本も加担することになる。米国は豊かな国で、日本などの援助がなくても誰も飢えて死んだりしないし、戦争遂行に支障もない。今日本が為すべきことは、パキスタンなどアフガン周辺国での難民支援活動であろう。また、戦後のアフガン復興援助など、武力を使わない貢献はいくらでもできる。無実のアフガン市民の犠牲に目をつぶり、自国の都合で艦隊をインド洋に派遣する実績を作ることしか考えない日本の態度は、米国と同罪といわざるを得ない。小泉首相は、これまでにも靖国神社参拝などで多くの人々の心を傷つけ、同時に近隣諸国との外交関係を悪化させて日本の国益を損ねてきたが、今度もまた日本がイスラム諸国との間に持つ独自外交をジレンマに立たせることになる。首相は支持率の高さを白紙委任と勘違いしているのではなかろうか?田中外相の不手際ばかり話題にのぼるが、実際に日本外交に大きなダメージを与えているのは小泉首相である。首相の支持率の高さは改革に期待されているからであって、白紙委任ではないということを肝に銘じてもらいたい。日本は経済大国として、世界平和のために貢献する責務がある。真の国際貢献とはどういうものなのか、小泉首相には洞察力を持って真摯に考えて欲しい。

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#9 1017

小旅行の話

 

石狩平野はすっかり冬のたたずまい、手稲山ももう真っ白です。札幌国際スキー場もオープンしました。皆様方にはいかがお過ごしでしょうか。

 両親を連れて一泊二日の小旅行に行ってきました。苫小牧市郊外にあるホテル・ニドム(www.nidom.com)というところに泊まって来たのですが、とても気に入ったので紹介させて下さい。このホテル、苫小牧東インターからすぐの所にあって、広大な敷地は森林公園のようになっていて、コテージがその中に散在しています。泊まったコテージは小さな湖に面していて、2階建てで寝室も2つあり、4人で泊まるのに十分な広さです。1階からはそのまま湖に出られるし、2階のベランダでは森林と湖を眺めながら寛ぐことが出来ます。敷地内の森林はとてもよく管理されていて、小川まで流れ、散歩道もあってのんびりとそぞろ歩くことが出来ます。本館には大浴場、サウナ、プールまであって、夕食はクラシックのライヴを聞きながら。これだけいいホテルに、冬季オフシーズン割引で112食つき8000円で泊まれるなんて驚きです。冬にはクロカンをやるのもいいでしょう。千歳空港から近くて、送迎もしてくれるようなので、本州の方も北海道旅行の前後にこういうところに泊まってゆっくりするのもいいのではないでしょうか。道央圏にお住まいの方は、ぜひ一度行って見てください。別にホテルのまわし者じゃないですが、熱烈にお勧めします。コテージだから、子供連れにも最適。

 ホテルへの道すがら、ウトナイ湖で白鳥を見てきました。まだたくさんはいないけど、餌をくれると思って向こうから寄ってくるので、至近距離で観察できます。他の種類の鳥も多く、大空港からこんなに近い所でこんな野鳥の楽園があるなんて驚きでした。帰りに、千歳のキリンビール工場に寄ってきました。ここの熱帯植物園は冬だというのに花盛りで、とにかく色とりどりの花々が目を楽しませてくれます。冬もずっとやっているということなので、道央にお住まいの方はぜひ行って見てください。工場見学すればビールもただで飲ませてくれます。

 寒くなってきましたが、皆さん体調に注意してお元気にお過ごしください。今回はこのへんで。

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#10 1128

小樽散歩その2 オタモイ地蔵尊

 先週まで小春日和が続いていましたが、ここ数日で気温は20度も下がって、一気に真冬の寒さとなりました。石狩平野ももう真っ白に雪化粧しました。皆様方にはいかがお過ごしでしょうか。

 小春日和の最終日となった先週土曜日、小樽市郊外のオタモイ海岸を訪れました。ここは夏場には海水浴場として地元ではある程度知られていますが、季節はずれの今ごろには訪れる人もほとんどいません。ところが、この海岸に祭られているオタモイ地蔵尊は、戦前にはかなり有名で、オタモイ海岸は景勝地として観光客で賑わっていたといいます。私の母も子供の頃行ったことがあると言っておりました。

 さて、海岸丘陵からつづら折のせまい道路を海岸まで下ると、広い駐車場があります。ここからオタモイ地蔵尊までは、海岸の断崖絶壁の中腹に造られた狭い遊歩道を約10分歩きます。途中からは断崖絶壁の続くオタモイ海岸や遠くの積丹半島も望まれ、なかなかの絶景。手彫りの狭いトンネルもあって、落石もありそうでスリル満点。しばらく行くと、海岸に突き出た展望台があり、そばの崖には竜宮城の門みたいな古い建造物があって、中からはお香の匂いが・・・。竜宮城の門の中は小さな洞窟になっていて、中は誰もいないのに蝋燭とお香が静かに燃えています。なんだか時が止まったような、不思議な空間です。さらに歩いて行くと、木造の建物が数軒海岸台地の上に建っており、一軒は売店兼住居、もう一軒の内部にはご本尊が祭られているようで、読経の声が聞こえてきますが、内部の様子はわかりません。一体どんな人がこんな地の涯のような所に住んでいるのでしょうか。この海岸台地から下って海岸まで降りると、小さな砂浜もあって、海水浴にはおあつらえ向きです。それにしても、冬の間もここに人が住んでいるのか、興味のあるところです。駐車場までの九十九折の道路は、12月から通行止めと書いてありました。これから数ヶ月の間、オタモイ海岸は訪れる人もない、孤独な空間となるのでしょう。春になったら、また行ってみたいと思っています。そのときには、売店でお菓子でも買って、地蔵尊の由来について尋ねてみたいと思います。

 では、今回はこの辺で。

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